2013-01-01から1年間の記事一覧

「わたしの渡世日記」に、うなる

「わたしの渡世日記」(高峰秀子) 予感はあったが、驚愕した。四歳で母親に死なれ、叔母に養女としてもらわれ、五歳で子役デビュー、小学校もまともに通えずに一族郎党を養うために働き続け… 驚愕したのは、こうした凄まじい半生もさることながら、その文体…

「終わりの感覚」、諦念と我執のカクテル

「終わりの感覚」(ジュリアン・バーンズ、新潮クレスト)を九州出張の移動の間で読了した。 学生時代の仲間たちを土台にしたストーリーという点では、村上春樹の「多崎つくる」と共通点があるが、物語の完成度では、こちらの方が上回っていると思えた。 青…

「多崎つくる」と、決まり手は肩すかし

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(村上春樹、文藝春秋)読了。 話題の本を刊行から少し遅れて読んでみた。村上作品は、「ノルウェイの森」以来、新刊が出るたびに買っていた時期があった。しかし、「海辺のカフカ」あたりで「虚構の密度」の低…

論語、自己PR警告の背後には

今回の論語読書会は、衛霊公第十五。 人の己を知らざるを病(うれ)へず 「人が私を知らないことを嘆いてはならない」との警句は、論語の中では何度も繰り返される。たとえば、「人知らず、而して慍(いか)らず」(学而第一)、「人の己を知らざるを患(う…

女優・高峰秀子の屈折

高峰秀子の人物像を描いたエッセーが面白かった。筆者の斎藤明美は高峰と親交が深く、のちに養女となった。5歳から女優をやっていた高峰の屈折が伝わってくる一文だった。 高峰秀子は五歳で映画デビューした。この時の母親役は、松竹の看板女優・川田芳子、…

S先生とヨブ記

「S先生のこと」の続き。この本の主人公である米文学者、須山静夫は、自分に責任のない不幸に相次いで襲われ、同様の状況を主題にした「ヨブ記」に深い関心を抱く。 旧約聖書の「ヨブ記」の主人公ヨブは、模範的な人物であったが、サタンの提案を受けた神は…

「S先生のこと」と師弟愛

「S先生のこと」(尾崎俊介、新宿書房)読了。 先生と教え子。「師弟愛」など、すでに死語だと思っていたが、本書での須山静夫と尾崎俊介の関係は、これ以外に適切な言葉が見つからない。 須山は、妻子に先立たれた過去を背負い、「ヨブ」の苦しみを抱きな…

アントニオ・ロペスの超絶写実

その絵の前から離れては戻り、また離れては戻る。会場で、これを何度繰り返したことか。それほど、その絵から立ち去りがたかった。「その絵」とは、アントニオ・ロペスが描いた「グラン・ピア」だ。 画像で見ると写真に見えるかもしれない。しかし、近寄って…

佐藤優の廣松愛

書店で目に入った「共産主義を読みとく 廣松渉 エンゲルス論との対座」(佐藤優、世界書院)を気まぐれで購入した。「今さら、廣松でもあるまい」とも思ったが、読みだしてみると、これが滅法、面白かった。 基本は思想書だが、佐藤がキリスト者としての自分…

橋下発言、欧米の受け取り方は

従軍慰安婦に関する橋下発言が大きな波紋を呼んでいる。橋下は、「表現が」だったと一部陳謝し、重点を「欧米は自分たちも同じような慰安婦システムを持っていたのに、日本だけが非難されるのは不公正。これを訴えたかった」と主張している。また、「従軍慰…

牧野邦夫の「自我像」

練馬区立美術館で「牧野邦夫展」を観る。 タイトルに「写実の精髄」とあったが、牧野の作品にあるのは、「己を目だけにして、事物に迫る」という意味での「写実」ではない。 若い頃から早い晩年まで、自画像が多い。 自画像の名手であるレンブラントを生涯の…

2012年の「この3冊」

なんだか最近、このブログで本の紹介をしてばかりいる。 「いつか読みたい本」を忘れないための備忘録が主目的だが、「自己表現」への関心が薄れつつある最近の心情の反映かもしれない。そして、読んでくれたごく少数のうちのさらにごく少数の人にとって何か…

死んだら死んだで生きていく

久々に詩をひとつ。 痛いのは当りまえじゃないか 声をたてるのも当りまえだろうじゃないか ギリギリ喰われているんだから おれはちっとも泣かないんだが 遠くでするコーラスにあわして唄いたいんだが 泣きだすこともあたりまえじゃないか みんな生理的なお話…

2012年の新書総括

永江朗と宮崎哲弥による2012年の新書批評の紹介。掲載誌は、「中央公論」3月号。 年間ベスト3 「社会を変えるには」(小熊英二、講談社現代新書)「田中角栄」(早野透、中公新書)「日本近代史」(坂野潤治、ちくま新書) (宮崎)2012年の新書界は、…

サッチャー、光と影

サッチャーが亡くなった。 「英国病克服の立役者」、「信念に生きた『鉄の女』」などなど、日本のマスコミでは功績をお香典がわりに並べた追悼文が並ぶ。 英国の新聞には、辛辣な記事も並んでいた。リベラル派のガーディアンは、10年前に書かれた「サッチャ…

エル・グレコをアタマで観る

上野で「エル・グレコ展」、「円空展」、「ラファエロ展」をはしごする。おまけに最後の西洋美術館では常設展一周で締めたので、さすがに足にきた。 いずれも、いろいろ考えさせられた。このうちエル・グレコはトレドでかなりの作品数を観たこともあるが、個…

朱子学的理想主義の結果的リアリズム

久々に「論語集注(朱子)読書会」報告です。今日の範囲は、論語の「憲問第十四」。 例によって、講師曰く… 「正しいことをすれば、結果は後からついてくる」という、「信条倫理」が朱子学の基本にある。一見、非現実的にみえるが、結果を気にして方針がぶれ…

読書アンケ(2)

「みすず」の読書アンケート第二弾。 ・都築響一「東京右半分」(筑摩書房)〜地下の高い東京西部を脱出して今やアナーキーな前衛美術、いや、あらゆる若者風俗が東京の東(右!)半分へと遁走しトンデモないクリエイティヴな空間を生み出しつつある。(大野…

「勤め人読書派」の師

先日礼賛した山村修さんの本をまだ読み続けている。6冊目になった。 山村さんは、小生にとって「勤め人通勤読書派」の偉大な師である。もちろん面識はない。山村さんの存在を知った時は、すでに故人だった。本を通してだけの師弟関係。それで十分だ。 山村…

昭和の逆襲、シネパトス

銀座の地下でひっそりと生き延びていた名画座「銀座シネパトス」が3月31日に閉館した。 http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK31019_R30C13A3000000/ この「小屋」があったのは、古ぼけた小さな地下街。そこは世界的ブランドが軒を連ねる銀座中心部のす…

恒例、読書アンケート(1)

かなり遅くなったが、毎年恒例の月刊「みすず」の読書アンケート特集の紹介です。各界(といってもほとんどが大学のセンセイ)の約150人が2012年中に読んで印象に残った本を挙げている。個人的アンテナにひっかかった部分を抜粋します。 ・王小波「黄…

山村修さん、ありがとう

今日は父親の命日。もう2年なのか、まだ2年なのか。判然としない。 呼吸のように「読み書き」したい、と思いつつ、ブログは沈黙が続いている。ただ「書く」ことはままならないが、「読み」は続けている。片肺飛行だが、一応、低空ながら飛んでいるというこ…

仏教の平等観、家族観

「知的唯仏論」紹介の2回目は、仏教の平等観、家族観について。 (宮崎哲弥)本来の仏教は社会的平等を説く教えではない。王制も是認している。ただ、四姓制度は否定した。最上層であるバラモンは「生まれ」ではなく「行為」によってなるのだ、とブッダは説…

ムネリンがブサイク?

かつてロッテの監督を務めたボビー・バレンタイン氏が、日本とは異質な米国の内野手観について語っていた。甘いマスクのムネリンが、ビジュアルに問題あり。思いもつかない見方だった。 ―日本人野手の大リーグでの評価はあまり高くないが。(バレンタイン)…

老いと戯れる

「猫の領分―南木佳士自薦エッセイ集」(幻戯書房)に対する持田叙子による書評に反応した。 香気高い信州随筆州。土地への畏敬が全編をつらぬく。著者は、上州に生まれ信州に医師として移住した。老病死を特徴的に追う筆致には、明るく軽妙なユーモアが漂う…

「唯仏論」に学ぶ

「知的唯仏論」(宮崎哲弥、呉智英、サンガ)を読了。宮崎は、テレビ出演を生業とする「電波芸者」との印象があったが、仏教への研究的姿勢は本格的であり、驚いた。この本では、うるさ型の呉が「生徒」になり、おとなしく御高説を拝聴していた。 仏教に関す…

三輪寿壮と不思議な夢

先日、両親の法事で九州の実家に帰った。無人になった築50年の家に寝ていたら、不思議な夢をみた。 夢で、だれかが、三輪寿壮を例にあげ、右翼運動が必然的に分派を生んでいく仕組みを理路整然と説明していた。「これは日本の右翼運動一般に適用可能な理論…

「維新の会」は「復古党」?

「維新」の英訳についての論考。「翻訳語事情」(苅部直)、読売新聞(13年1月14日付け朝刊)から。 「日本維新の会」の英語名称は、Japan Restoration Party。これは、明治維新が the Meiji Restoration とされているからだろう。 しかし、英語のResto…

今年は「論語」でようやくスタート

今年の第一弾は、久々に論語読書会の「コウシ曰く」シリーズにします。 今回読んだのは、論語「子路十三」。 狂者は進みて取る。狷者は為さざる所あり。(狂者は行いは伴わないが、志が極めて高くて進んで善を取ろうとする者である。狷者は、知は足りないが…