2013-07-01から1ヶ月間の記事一覧

「終わりの感覚」、諦念と我執のカクテル

「終わりの感覚」(ジュリアン・バーンズ、新潮クレスト)を九州出張の移動の間で読了した。 学生時代の仲間たちを土台にしたストーリーという点では、村上春樹の「多崎つくる」と共通点があるが、物語の完成度では、こちらの方が上回っていると思えた。 青…

「多崎つくる」と、決まり手は肩すかし

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(村上春樹、文藝春秋)読了。 話題の本を刊行から少し遅れて読んでみた。村上作品は、「ノルウェイの森」以来、新刊が出るたびに買っていた時期があった。しかし、「海辺のカフカ」あたりで「虚構の密度」の低…

論語、自己PR警告の背後には

今回の論語読書会は、衛霊公第十五。 人の己を知らざるを病(うれ)へず 「人が私を知らないことを嘆いてはならない」との警句は、論語の中では何度も繰り返される。たとえば、「人知らず、而して慍(いか)らず」(学而第一)、「人の己を知らざるを患(う…

女優・高峰秀子の屈折

高峰秀子の人物像を描いたエッセーが面白かった。筆者の斎藤明美は高峰と親交が深く、のちに養女となった。5歳から女優をやっていた高峰の屈折が伝わってくる一文だった。 高峰秀子は五歳で映画デビューした。この時の母親役は、松竹の看板女優・川田芳子、…

S先生とヨブ記

「S先生のこと」の続き。この本の主人公である米文学者、須山静夫は、自分に責任のない不幸に相次いで襲われ、同様の状況を主題にした「ヨブ記」に深い関心を抱く。 旧約聖書の「ヨブ記」の主人公ヨブは、模範的な人物であったが、サタンの提案を受けた神は…

「S先生のこと」と師弟愛

「S先生のこと」(尾崎俊介、新宿書房)読了。 先生と教え子。「師弟愛」など、すでに死語だと思っていたが、本書での須山静夫と尾崎俊介の関係は、これ以外に適切な言葉が見つからない。 須山は、妻子に先立たれた過去を背負い、「ヨブ」の苦しみを抱きな…