「S先生のこと」と師弟愛

「S先生のこと」(尾崎俊介新宿書房)読了。


 先生と教え子。「師弟愛」など、すでに死語だと思っていたが、本書での須山静夫と尾崎俊介の関係は、これ以外に適切な言葉が見つからない。


 須山は、妻子に先立たれた過去を背負い、「ヨブ」の苦しみを抱きながら晩年はキリスト教の洗礼を受ける。専門のアメリカ文学では、オコーナー、フォークナー、メルヴィルの作品を文字通り心血を注いで翻訳した。尾崎が描く須山の人物像は、日常生活での夫、父親、教師などの個々の役割が相互矛盾せず、確固とした倫理観の基に統一されている。「映画『七人の侍』で宮口精二が演じた古武士」(尾崎)のような人物だ。


 ただ、堅苦しさは感じさせない。本書全体から伝わってくるのは、自分の生き方と直結させた文学研究がもたらす「楽しさ」だ。この「楽しさ」を共有できる同好の士であることが、二人の師弟愛の土台となった。それは、40歳も年が違う他人の男同士をこれだけ長期間にわたり、これだけ深く結びつけることを可能にした。うらやましい限りだ。