佐藤優の廣松愛

 書店で目に入った「共産主義を読みとく 廣松渉 エンゲルス論との対座」(佐藤優、世界書院)を気まぐれで購入した。「今さら、廣松でもあるまい」とも思ったが、読みだしてみると、これが滅法、面白かった。


 基本は思想書だが、佐藤がキリスト者としての自分をさらけ出しながら、随所に筋金入りのコミュニスト廣松への倒錯した愛を語っている。一種の奇書といえるかもしれない。エンゲルスの著作の読解も本格的で、途中で何度も振り落とされそうになった。

 それにしても、いまどき、思想を「『生き死に』の理念」と言い切る佐藤は、絶滅品種といえるが、それが「学校秀才のお勉強」とは異質の凄味を生み出している。
 
 読了後、廣松の高弟二人が書いた「戦後思想の一断面 哲学者廣松渉の軌跡」(熊野純彦、ナカニシヤ出版)、「廣松渉 近代の超克」(小林敏明、講談社)も買ってしまった。

 面白かった箇所をいくつか引用してみる。(要約引用も含む)


 講座派は32年テーゼをドグマとしておりカトリックと類似。労農派は32年テーゼの縛りがなくプロテスタント的立場。廣松は講座派との親和性がみられる。


 黒田寛一疎外論に対し、廣松は物象化論を展開した。マルクスキリスト教的理解(本来性を前提としその回復を説く)が疎外論で、仏教的理解(アビダルマ、縁起論)が物象化論につながる。


 単なる思いつきともいえるが、面白い指摘ではある。


 クロカンの廣松への親近感も初耳だった。


「哲学者としての廣松と、政治運動に時折アンガージュしてきた彼との、この二重構造が、熊野にはなかなか見えてこない。いや、見ようとしても見たくない、といったほうがよいかもしれない」(黒田寛一「<異>の解釈学 熊野純彦批判」こぶし書房)

 黒田の廣松に対するまなざしは温かい。それが熊野に対する苛立ちという形で表現されているのである。マルクス主義を含め思想とは人間の生き死にの原理である。大学で制度化してしまうと、マルクス主義から「何か」が抜け落ちてしまうのである。廣松は(東大という官僚養成機関にいながら)その「何か」を失わないように、常に革命家であるという倫理規範を踏み外さないようにしていた。
                       佐藤、前掲書

 マルクスエンゲルスは資本家の視座を持っており、資本家に対しても革命を呼び掛けている。資本家を疎外から解放し人間性を回復するためには、プロレタリアートによる共産主義革命が必要なのである。イエス・キリストによる福音(共産主義革命)が、ユダヤ人(プロレタリアート)だけでなく、異邦人(資本家)も救済するという論理と類比的だ。

                                            佐藤、前掲書


 資本家エンゲルスは、資本主義こそ資本を無駄使いしていると主張している。

 資本主義社会は無統制経済であり、もっとも不合理で非実際的な制度である。大量の労働力が社会にとって何の役にも立たない仕方で使用されており、かなりの量の資本が再生産されずに無駄に失われている。
廣松「エンゲルス論」

 廣松が疎外論を忌避し、物象化論を称揚する背景には、革命運動からロマン主義の根を切断したいという実践的課題がある。従って、「疎外論から物象化論へ!」というスローガンは、哲学的存在論の問題であると共に現代革命論そのものなのである。
                      佐藤、前掲書


 自分が生まれる前の大昔の議論のような気もするが、廣松の没年からまだ20年もたっていない。


 風船子は、生前の廣松の政治的感覚にはかなり異和感があったが、20歳ごろ読んだ「科学の危機と認識論」(紀伊国屋書店)には大きな衝撃を受け、廣松には学恩を感じていた。二度ほど、授業と講演会で肉声を聞いたこともある。

 廣松死去の報を報道で知ると、記事にあった葬儀場に出かけてみた。そこは三田にあるお寺だった。骨がらみのマルクス主義者であった廣松がお寺で葬式とは、と驚いた。寺内の葬儀場を歩く喪服姿の参列者を遠くにみながら、寺からかなり離れた路上で、そっと合掌した記憶が残っている。