2012-01-01から1年間の記事一覧

「ペスト」、神なき倫理へ

少年時代、本がほとんどない家だったが、平凡社の国民百科事典はそろっていた。今では信じられないが、この百科事典は国民的なベストセラーだった。私は、この百科事典を時々パラパラと拾い読みする程度だったが、この百科事典の付録だった「世界の名作文学…

「荒地の恋」の特殊と普遍

最近は多忙と集中力欠如のせいで、なかなか一冊の本を一気に読み上げることが少なくなった。そんななかで、昨日午後買った「荒地の恋」(ねじめ正一、文春文庫)は久々の例外となった。 「荒地」の詩人・北村太郎は、53歳で親友の詩人・田村隆一の妻に恋に…

追悼、新藤兼人監督

新藤兼人監督が死去。享年100歳。 30年以上前の学生時代、一度だけ、ナマの新藤監督をみたことがある。 文京区の図書館で新藤作品の上映会があり、そこにゲストとして新藤監督と白井佳夫氏(だったと思う)が招かれていた。上映作品のタイトルは忘れて…

柳田国男の山人考

久々に「考える人」(新潮社)を買った。特集は「東北―日本の根っこ」だ。 山折哲雄による柳田国男についての連載「柳田国男、今いずこ」の2回目を読む。「遠野物語」の脚注の仕事への没頭が柳田民俗学の母体になったとの考察から、作品の急所で使用されるキ…

<半隠遁>の魅力

本棚を整理していたら、「人生を<半分>降りる」(中島義道、ナカニシヤ出版)を見つけた。中島は、二人っきりで酒を飲みたくなるタイプではないが、本を通じて付き合うには、哲学独習者には有益、かつ、くたびれた中年会社員には刺激剤にもなる人物だ。 パ…

続「みすず」アンケート

久々に「みすず」の読書アンケート特集の続きです。最初は、今年は不作かと思っていましたが、読み返してみると、食欲がわいてきそうな本がいろいろありました。<>内は、風船子による自註です。 ・松沢弘陽校注「新日本古典文学大系・明治編10 福澤諭吉…

瀬島龍三評価の難しさ

先夜、BSテレビで2009年放映の「不毛地帯」を再放送していた。周知のように主人公のモデルは、瀬島龍三だ。この回は、石油をめぐる商社間の激烈な競争の最前線で、クールな主人公(唐沢寿明)が勝利を収める展開だった。定番なりにハラハラ感があり、…

痛すぎる救済、KOTOKO

映画「KOTOKO」(塚本晋也監督)を新宿で観る。 あきらかに過剰だが、過剰でなければ伝わらないものもある。 冒頭の10分で、過剰な「痛み」に耐えかねて久々にスクリーンの前から逃げ出したくなった。ネットの映画評に「体調を整えてから観る映画」…

読書アンケート(2)

みすず書房の「読書アンケート特集」2012年版の紹介2回目です。 ・フランソワーズ・クロアレク「セラフィーヌ」(未知谷) 〜一介の家政婦が、ピカソやルソーと親しい画商ウーデに、その画才を発見される。しかし彼女は栄光と没落の果てに精神病院で生…

みすず「読書アンケ」(1)

毎年、発売直後にブログで紹介している「読書アンケート特集」(みすず書房)だが、今年は紹介が遅れてしまった。震災の影響で、「今年は本をよむ気分にならなかった」との回答も目立ち、また震災関連本の重複が多かったこともあり、内容的に今一つインパク…

「吉本隆明=無教会派祭司」説

橋爪大三郎による、吉本隆明は左翼の世界での「無教会派祭司」との指摘。ホッブズの説明は面白かった。 全共闘に集まった学生は、日本共産党にも新左翼セクトにも懐疑的で、得体のしれない前衛に「召喚」されたくないと思っていた。(前衛の言うことを聞かな…

ギリシャは非ヨーロッパ?

欧州文明の基礎を作ったといわれるギリシャ人だが、ギリシャ人にとって、ヨーロッパは「他者」だったという指摘を紹介したい。出典は、「ギリシャはどれほど『ヨーロッパ』か?」(村田奈々子、「中央公論」2012年5月号) 西ヨーロッパ諸都市では、17…

孟子と兄嫁

朱子学の勉強会で、講師が「孟子」の「離婁章句」に言及した。この部分の要約は以下の通り。 弟子が孟子に尋ねた。 「男女間では直接手渡しするのは礼に違反するが、兄嫁がおぼれている時にも手を握って助けてはいけないのでしょうか」 孟子先生の答えは「礼…

回廊で「石と時間」を想う

*1334007880* 時差ぼけで5時半に眼が覚めた。 一週間の出張で、フィレンツェ、パリ、ブリュッセルを駆け足でまわってきた。強行軍でくたびれたが、日本を出ると、なんだか呼吸が深くなって、落ち着く気がする。 フィレンツェではTシャツが目立つほどの陽気…

佐野洋子と雲古

4月1日にふさわしいのかどうか、本日は、ハイセツブツの話である。今、惚れている佐野洋子のエッセイを紹介したい。 冒頭から、すごい。 父が初めて私に注目し、過大な期待と愛情をもつきっかけになったのは、ウンコだった。(これが冒頭の一文!風船子注…

息をすうこと、はくこと

息をするように書いていくつもりでブログを始めたが、最近はなかなか継続的に書けない。つまり、息を十分にしていないということだ。 一月ほど前に「ペスト」(カミュ)を読んだ。西欧における「神なき倫理」を軸にして、「ペスト」について何か書けると思っ…

ダンサーになりてえ

映画「ピナ・バウシュ、踊り続けるいのち」を観て、自分の身体意識の欠如を痛感した。3Dの画面で躍動するダンサーたちの身体に茫然となりながら、「おれ、生きたまま死んでんじゃねえか」と思った次第であります。体を動かさなくちゃ。 といって、ピナのダ…

吉本隆明、死去

吉本隆明が亡くなった。 エピゴーネンはたくさんいたが、結局、後継者は出なかった。「思想書」に分類される書物が、研究や教養と無縁の動機で、あれだけ広範囲の人間に「本気」で読まれたことはなかった。それは60年代末から10年間ぐらいか。「思想書を…

朝ドラ「カーネーション」の演劇性

NHK朝ドラ「カーネーション」を尾野真千子の演技に魅せられて毎朝、見ている。朝ドラを熱心に見るのは、何十年ぶりか。 尾野真千子の演技も凄いが、糸子(尾野真千子)と母親(麻生裕未)のメークが、ドラマの時間で20年間以上、ほとんど変わらない。3…

再臨、木村栄文

渋谷でテレビドキュメンタリストの木村栄文の特集をやっていた。 金曜、土曜の二日、映画館に通い、「記者それぞれの夏」、「鉛の霧」、「まっくら」、「あいラブ優ちゃん」、「苦海浄土」、「記者ありき 六鼓・菊竹淳」の6本を立て続けに観た。もう、うな…

漱石と心臓の鼓動

通勤途上で突然、主人公が寝床で自分の胸に手を当て心臓の鼓動を確かめる小説の場面を思い出した。読んだのは10代だった。夏目漱石の長編小説だったはずだ。帰宅してネット検索すると、すぐ見つかった。長編小説「それから」の冒頭だった。 代助は昨夕、床…

メディアよ、ナマミに戻れ

内田樹によるメディア批判。どこか辺見庸による批判とも通底する。 メディアは官邸や東電やいわゆる「原子力ムラ」の過失をきびしく咎め立てているが、メディア自身の瑕疵については何も語らないでいる。「メディアの劣化について語る語彙や価値判断基準を提…

電気屋で辺見庸にあう

土曜の午後、近くの家電屋をのぞく。客はまばら。「最新」の張り紙が貼られたテレビがずらりと並んでいる。大小の画面では、AKBが踊り、清盛がにらみ、芸人が笑っている。その一台に目がとまった。野球帽をかぶった初老の男が無表情で何かをしゃべってい…

「ヒミズ」、力技の人間賛歌

仕事は普通にこなしている(つもり)だが、まだ活字を読む気にはなれない。ショック療法のつもりで仕事帰りに「ヒミズ」を観た。 園子温は、舞台を原作に従わず、大震災直後の被災都市に設定した。普通なら、「美談仕立ての人間賛歌」になるところだが、園は…

「とおせんぼ」が消えた

九州の実家で一人暮らしをしていた母が急死した。享年84歳。翌日の友人たちとの旅行に備え、美容院で髪を染めてセットし、自宅に戻って夕飯を食べ、その直後の脳出血だった。医者によると、「あっという間だったと思います」。生涯、病気知らず。結局、病…

サムライ共通語と無血開城

「コウシ曰く」シリーズです。 日本の儒者にとって、「中華と夷狄」の問題は重要。なぜなら、自分たちが夷狄に分類されているから。 これへの日本人儒者の対応はいくつかにわかれる。まず「日本人は夷狄である。だから夷狄を脱するために猛勉強すべき」。こ…

「ぬぐ絵画」、担当学芸員に感服

「ぬぐ絵画」展(東京国立近代美術館)は、担当学芸員の「熱」が直接伝わってくるまれな展覧会だった。 人間、それも女性の全裸の絵をずらりと壁に並べ、それを老若男女がお金を払って公の場でまじめな顔をして鑑賞する。考えてみたら、かなりおかしなことで…

女怖し脂濃い地獄=「恋の罪」

昭和の色濃い地下映画館「銀座シネパトス」で映画「恋の罪」(監督・園子温)を観る。この小屋にふさわしい、濃厚な味の一品だった。 制度(結婚)から逸脱する女性たちの強烈な性愛がテーマ。この脂っこいテーマを脂っこい演出と映像で料理した作品なので、…

大きな収穫、伊藤計劃

「虐殺器官」(伊藤計劃、ハヤカワ文庫)読了。 1年前に購入したが、なぜか読まずにいた。ふと読む気になって手に取ったら… いやあ、驚いた。これは傑作だ。ゼロ年代でのベスト和製SFに選ばれるなどすでに有名な作品で、書店に行けば今も伊藤作品は文庫本…

「論考」冒頭の存在論(1)

今日が仕事始め。通勤電車に乗る日々がまた始まった。かばんには「論考」、野矢氏の案内書と一緒に「ウィトゲンシュタイン入門」(永井均、ちくま新書)も放り込み、吊革にぶらさがりながら立ち読みする。仕事大丈夫か? 本日、「論考」は冒頭の命題「1」か…