ちょっと前の普天間基地移転問題(上)

 昨年暮れに沖縄に行った時、ジュンク堂書店那覇店で普天間基地問題に関する一冊の本を買った。「『アメとムチ』の構図―普天間移設の内幕」(渡辺豪、沖縄タイムス)という題の新書だ。筆者は、沖縄タイムスの記者。

 これは、2006年2月から1年半、那覇防衛施設局長として現場で普天間基地移設交渉にあたった佐藤勉氏の備忘録に基づいて書かれた、交渉の舞台裏の詳細な記録だ。佐藤氏は、当時の守屋武昌防衛事務次官の引きでノンキャリア初の那覇防衛施設局長になった守屋氏の側近だった。

 これを読むと、防衛庁が沖縄の政治家だけでなく、地元の土木業者に至るまで「アメとムチ」をつかって、直接、地元の合意を強引にとりつけようとした様子が生々しく伝わってくる。この守屋方式への反発なのか、民主党政権になってからの移転交渉には、防衛庁の影は格段に薄い。もちろん見えないところで動いていたのだろうが、結果をみると存在感はない。

 まだわずか数年前の出来事だ。紹介は、かなり長くなりそうだが、「今」を考えるうえで「少し前」を知ることは意義深い、と思うので、2回にわたって紹介したい。

2005年10月の日米合意で、辺野古沖を埋め立てる従来案が一方的に破棄され、地元の頭越しに沿岸案が決まったことに、県と名護市は批判を強めていた。

 一方、額賀防衛庁長官は、佐藤(勉)を長官室に通し、こう宣告した。

 「従来は沖縄の意向を確認し、それを反映した施策を推進した。頭越しはやらないのが従来のスタンスだったが、今回は政府の責任で案をつくり、地元の理解を求める」

 ほんの五分間ほどの面談だったが、「従来とは違うと強く認識した。沖縄を甘やかすことはしない、毅然としてやるんだ、という意思の表れ」だと佐藤は感じた。


 結果的には、鳩山も同じことになっている。

 浅瀬案は従来案の確定前から、地元業者が提起していた案だった。

 同案のメリットは、大幅な工期短縮による「早期の普天間飛行場の危険性除去」が建前だが、「地元で受注可能な簡素な工法で、より確実に実施できる案」というのが地元業者の本音だ。

 浅瀬案推進チームを背後で構築したのは、名護市長の岸本(当時)と在沖米国総領事のライクだった。
 
 「米軍の案として(浅瀬案を)出してもらってはどうか」
 岸本は(推進派幹部に)こうアドバイスしていた。


 基地を引き受けるメリットが、最近の報道ではタブー視されているのか、なかなか正面から取り上げられない。これまで投入された日本政府による基地受け入れの膨大な見返り援助を直視しなければ、沖縄の基地問題の全体像は見えてこない。

 守屋は、これまでの振興策が名護市西海岸に偏っており、移転先となっている同市東海岸には恩恵がなかった資料を作成し、(移転先の)地元民の不満をあおることで政府案を容認しない名護市から地元区を分断しようと試みる。
 
 守屋は振興策や個人補償の「アメ」をちらつかせ、防衛庁が何でもできるかのような幻想を地元区に抱かせることをもくろんだ。
 しかし、市長島袋との交渉がまとまると、地元区に手のひらを返したような態度を示す。
 
 基本合意から11日後、地元区から要求された個人補償の対応について佐藤から問われた守屋は、こう告げる。

 「区に甘い顔をする必要はない」

 邪魔者は徹底的に排除するのが守屋の流儀だ。佐藤は政府案に抵抗する地元の有力建築業者の経営状況を調べさせ、融資先の関係者に「締め付け」の依頼まで行っている。


 防衛庁が「手を汚す仕事」をここまでやっていた。良し悪しは別にして、この半年間、防衛省がここまで地元に食い込んで仕事をしていたとは思えない。

 それでも移転は守屋の思い通りにはいかなかった。そこで包括的な振興策をやめて、対象地域の自治体の協力度合いに応じた「出来高払い」の再編交付金を立案する。

 「何もしないで振興策がくる時代ではない。電源開発促進法は、『受け入れ』、『アセス』、『着工』などの節目ごとに総理大臣に申請して交付金が支給される。このようなスキームを(基地移転協力にも)検討中だ」(守屋)

 十年近くたっても代替施設の移設が進まない一方で、北部振興事業予算(十年間で約1000億円)が投下され続けたことは、守屋には屈辱だった。

 「振興食い逃げ」への苛立ちは沖縄への逆恨みとなり、米軍再編を契機に、沖縄を特別扱いしない方向への転換にも連なっていく。
 これに対し、ある県幹部は「防衛庁が沖縄振興策みたいな他省庁管轄の分野にまでずかずかと土足で足を踏み入れてきた」と異常ぶりを嘆いた。


 振興策で巨額の税金が投入されているにもかかわらず、沖縄の建設業者には連鎖倒産も懸念されている。

 京都府立大の川瀬光義教授(地方財政学)は「基地新設同意と引き換えの名護市への各種財政資金の投入は、県内自治体の中でも特異なほど公共事業費依存度を高める一方、財政事情は決して好転していない」と指摘する。

 「振興目的や到達点はどこにあって、あと何が必要なのかがいっこうに見えてこない。評価や事後点検も十分でない。これでは税金の使われ方としてもおかしい」と警鐘を鳴らす。