ちょっと前の普天間基地移設問題(下)

 引き続き、「『アメとムチ』の構図―普天間移設の内幕」(渡辺豪、沖縄タイムス)紹介の二回目です。
 
 仲井真・沖縄県知事は今後の動向を左右する重要人物だが、この本にも興味深い記述がある。


 知事選での仲井真の普天間基地移設問題に関する公約はわかりにくかった。「現行案のままでは賛成できない」としていたが、告示3日前には「ベストは県外だが、直ちに県外に移設場所が見つけ難い中で、県内移設はやむを得ないことはありうる」と述べ、不明瞭ながらキャンプ・シュワブ周辺への移設を是認する考えを示唆した。防衛庁内でも「仲井真は柔軟」との認識が定着していた。

 それでも守屋は、仲井真との交渉に乗り気ではなかった。佐藤によると、守屋は「仲井真が知事になると、こちらも気を遣わなくてはならない。むしろ(反対派の候補者)糸数の方がやりやすい。ダメならダメで『エイ、ヤッ』でやればいい」との感覚だった、という。

 「エイ、ヤッ」とは、公有水面の使用権限を知事から国に移す特別措置法の立法化のこと。政府内では「糸数なら特措法しかない」との見方が大勢だった。

 民主党政権が「最後の切り札」として特措法をやる可能性があるだろうか。普通なら考えられないが、自民党化しているので、ひょっとすると…

 仲井真は東京大学工学部卒業後、通産省に入省。90年に大田県政で副知事に就任。退任後、沖縄電力の社長や会長を務め、沖縄のエリートコースの典型を歩んできた。経歴から抱く印象とは裏腹に、性格はフランクで建前を嫌い、感情も隠さず本音で語ろうとする。ある意味で前知事稲嶺よりも「人間的」だ。

 確かに、仲井真氏は、状況が変わるごとに、留保を意識しながら発言していることが感じられる。(政治家なら当たり前だが)

 那覇市長・翁長の中央政府における変化の指摘も注目したい。

 翁長は米軍再編を契機に政府との交渉が「はるかに厳しくなった」と肌で感じている。橋本政権時代、中央政治家は県内の応援演説でも、戦中戦後の沖縄との個人的な接点や、戦争の原体験などを織り交ぜ、県民の心に触れようと必死だった。それが劇的に変化したのは小泉政権以降だという。

 「小泉さんは、仲井真さんが知事選に立候補した時、顔も知らなかった」

 米軍再編後、基地と振興策のリンクが既成事実化している現状について、翁長は「露骨にリンクされると、南部の自治体は基地問題には関係ないということになり、沖縄の基地問題が北部問題に代わっていく。県民が戦後一丸となって基地問題と闘ってきた誇りが消えると、政治に限らず、文化や歴史的にも影響が大きい」と懸念を深める。

 沖縄における南北問題。これはヤマトンチュウにはよくわからないが、ありうることは理解できる。

 最後に筆者は、「基地移設問題は、結局、どうなろうと勝利者は米国」と結論する。

 米国は普天間代替施設についてはキャンプ・シュワブ沿岸部を確保し、既得権益を維持。そのうえで、嘉手納基地より南の非効率な施設を、日本の予算で本島北部に統合集約し近代化を図る。さらには、在沖米海兵隊のグアム移転費用捻出も日本側に確約させた。

 仮に、普天間移設計画がとん挫しても、米側が失うものは何もない。


 ちょうどNHKテレビで沖縄返還密約をテーマにしたドキュメンタリーを放映していたが、これも沖縄返還にあたって日本政府は巨額なカネを秘密裏に米国に払っていたとの内容だった。

 なんだか、ね。


※写真は、昨年末の沖縄旅行時に撮影した嘉手納基地