死を前提とする医療とは

 臨床の現場で働くベテラン開業医の書籍の書評に、深くうなずいた。書籍の題名は、「『健康第一』は間違っている」(筑摩選書)で評者は、前田英樹・立教大教授。

 現代は医療というものが健康や生存への欲望をやみくもに刺激するまことに大掛かりな装置になっている。


 実際には、人は誰でもいつか死ぬ。医療行為が引き延ばせる時間は、わずかなものだ。それが、どれくらいわずかであるかを、著者は統計上のさまざまなデータを通じて示す。


 この事実は、医学の進歩そのものによって隠されている。医者も研究者も「死なないための医療」だけを目的にし、その目的に好都合なデータの解釈を、ほとんど無意識に拡散させる。その結果、「死ぬからこそある医療」は見失われ、患者の選択肢から消されてしまう。


 死を当然とする医療には、医療を受けないで生きる、死ぬべき時に死ぬ、という方向が許容される。


 突飛な提案では少しもない。深い、健康な常識の回復である。


         
             読売新聞9月28日付け朝刊


 思想史、言語学を専門とする前田氏は、「哲学の形式論理を追うように明晰で、しかもあらゆる独断を退け、悠々として柔らかい。大した医師がいるものだと思った」と感心している。

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