「関係としての自己」要約編(1)

 *このブログはなるべく枠を決めずに実験も含めて、自由に書いていきたい。ただ、個人的意見を長々と開陳することはやりたくない。現時点では、個人的な断想を「脇役」として、自分が読んだ文章の「引用と要約」による情報提供を「主役」にしたいと思っている。

 引用はこれまでも続けてきたが、要約はなかなか手間がかかるためほとんど手をつけてこなかった。
要約とは、知識の消化吸収と同義である。読んでくれる人への有益性もさることながら、自身の「知的消化力」向上のためにも、これからは要約も力を入れていきたい。


 手始めに、書棚の積読コーナーから何気なく取り出した「関係としての自己」(木村敏みすず書房)に挑戦してみる。同書の「Ⅳ章 自分であるとはどのようなことかー自己性と他者性の精神病理学のために」を対象にした。初回にしては手ごわすぎる気がした。要約というには、長すぎる気もする。

 第一歩ということで、お許しあれ。

「自分であるとはどのようなことか」「関係としての自己」Ⅳ章(木村敏みすず書房


 デカルト的二元論は、脳が物質的実体であるのに対し、心は「思う」「感じる」などの働きだけで成立している非物質的な実体としている。しかし、最近の科学哲学は、心や意識は、脳のニューロンシステムの物質的活動に全面的に依存しており、独立した実体ではないとの一元論を主張している。


 ただ科学哲学の内部にも、心を物質的過程に還元できない「もう一つ別の事実」(further fact)とみなす二元論もある。この論者(チャーマーズなど)によると、知覚、覚醒、認知などは脳の物質的な特性に還元できるが、ある人が自分のあり方として感じ取っている心境(=主観的クオリティ=クオリア)(something it is like to be that being )はニューロンの活動をどれだけ細かく調べても説明できない。

 
 クオリアというのはさまざまな知覚に伴う実感のことである。たとえば、赤色は「一定範囲の波長を持つ色彩」として客観的リアリティを持つが、その赤い色を帯びている物体(交通信号、血、リンゴなど)は、各人によって主観的感じは違ってくる。つまり、クオリアは、個人と世界との間にそのつど新たに成立するアクチュアリティである。


 このクオリアは、「現在置かれている状況」に規定されており、状況によっては「集合的な性格」を帯びる。たとえば、合奏に加わっているとき、自分が生み出している音楽だけでなく、他の奏者が出している音楽も、すべて自己クオリアを帯びたアクチュアリティとして経験する。一方で合奏がうまくいかないと、単独性の自己クオリアが前景化してくる。つまり、クオリアは単層構造ではなく、場依存的なクオリアと、場から相対的に独立したクオリア(≒self自己)の二つの層が相互隠蔽的に交替している。


 そもそも単独で自己同一的な現象としての自己は、生後まもなくは存在せず、その後の人生で母親をはじめ多くの他人との関係を経験しながら、「相対的な不変更」として、次第に「自己」として刻印される。こうした自己の重層構造は、人間特有のものだ。

 ここまでは、「個別的な自己」と「集合的な自己」との自己の重層構造の説明。個別的自己も、生得的なものではない。生後の人間関係のなかで「単独性」、「集団性」の双方を帯びた自己として形成される。


 「こころ」が物質的過程から独立しているかどうかを考えるために、人間以外の動物の集団行動をとりあげてみる。
 

 渡り鳥や魚などの群れとしての行動を考えてみる。群れとしての集団行動は、個々の個体の目的志向行動の加算ではない。そこでは、各個体の意思はそれなりに働いている(そうでなければ飛行できない)が、それと別のレベルで集団全体の「意志」としての力動が群れ全体に作用している。これは、自己の重層構造と類比的に理解できる。合奏でも、奏者の個別的意志とは別にその曲自身に内在する力動によって進行していく。この二つの「意志」は互いに相補的で相互隠蔽的な交替を示している。


 集団全体を規定しているのは「意志」のような非物質的なものばかりではない。トビバッタは、低密度で生息しているときはトノサマバッタと呼ばれ、羽が未発達で飛行距離も短いが、生育密度が高くなると「ロカストール」という集合フェロモンを分泌して三世代かけて羽が長いトビバッタに変身し、大軍を作って長距離を移動する。

 集団的な「意志」を司る物質的な実体は存在しない。トビバッタの例は、むしろ、集団行動への非物質的な「意志」が各個体の物質的実体を変化させる実例になる。


 単独性と集団性の双方をもつ「自己」は、人間だけではなく、集団行動をとる動物にもある。トノサマバッタが密集して生存が困難になると、体を変身させて長距離移動するという実例は、示唆に富んで面白い。


 この項、続く。