アーレント人気、続く

 映画「ハンナ・アーレント」のヒットをきっかけに、アーレントの関連本が売れているらしい。アーレントは筋の運び方にまだるっこしいところがあり、訳者に恵まれているともいえず、日本では売れにくい本だと思っていた。映画は今も引き続き、各地で上映されているらしい。不思議な人気ぶりだ。

 ちょっと前の書評から、引用してみる。

アイヒマン裁判に関連し、政治思想家のアーレントは、ユダヤ人のナチス協力に触れたため、ユダヤ人社会から批判された。

 「ユダヤ人への愛がないのか」と非難された彼女は「自分が愛するのは友人だけであって、何らかの集団を愛したことはない」と応える。
 
 彼女はユダヤ人を自認し、「ユダヤ人として攻撃されるならば、ユダヤ人として自分を守らなければならない」とつねに強調していた。しかし、人を特定の集合的なアイデンティティーと一体化させてしまうことは、一人一人の存在の独自性、彼女の言葉で言えば「世界」の「複数性」という最も大切なものを脅かすと考えたのである。

彼女は、戦争を全否定する絶対平和主義とは距離を置き続けた。反ナチスなどのパルチザン闘争に加え、イスラエル建国のユダヤ軍さえ、一時は支持したのである。それは、ある人々を根絶し、人間の複数性を否定しようとする「民族浄化」の動きがある以上、対抗的な戦争が正当化されうると考えたからである。

 物事の両面を思考し続けたアーレントの姿勢に学ぶものは多いではなかろうか。



 「ハンナ・アーレント」(矢野久美子、中公新書)、「戦争と政治の間―ハンナ・アーレントの国際関係思想」(パトリシア・オーウェンズ、岩波書店)についての杉田敦による書評。朝日新聞140602朝刊