生殖と式年遷宮

「ゾウの時間 ネズミの時間」(中公新書)で有名な生物学者本川達雄が、伊勢神宮式年遷宮から生物による生殖を想起したと書いている。出典は、「式年遷宮に思う」(「公研」2014年5月号)。

 絶対に壊れない建物を建てることは不可能。万物は熱力学第二法則支配下にあり、形あるものは時が経てば必ず壊れる。
 建物では補修を続けるのが一つの方法だが、このやり方を生物は採用できない。古い部分が混じったため、逃げ足がほんの少しでも遅くなれば、捕食者に食われてしまう。生物はぎりぎりで生きているのである。
 
 そこで生物が採用したのは、老いる前に自分とそっくりのものをつくり、それにバトンタッチするやり方である。こうして、いつも若々しい体に更新しながら、何億年と生き続けてきた。これは伊勢神宮と同じ、遷宮は生殖に相当するのではないか。


 ただし、生物は自分と全く同じコピーを作っているわけではない。

 生物はさらに一工夫している。今の環境が永久に続くのなら、まったく同じコピーの無性生殖でもよいが、長い年月の間に環境は変化する。変化した環境で生き残れる保証はない。そこで有性生殖により、自分と少しだけ違う子を複数生んで、そのどれかを生き残らせようというのが生物のとった戦略だ。

 生物とは、親の「私」、今の「私」、子の「私」という具合に、「私」を渡していくことにより、ずっと生き続けていく。そして、今の「私」と子の「私」はそっくり同じではない。同じにしたら生き延びられないので、少々妥協して、少し違っても「私」だと認めてしまおうというのが生物のやり方である。これを鑑みると、近代人は今の「私」の唯一無二性にこだわりすぎているのではないか。


 遺伝、生殖の観点から、「自己の絶対性」を相対化するロジックだ。これはこれで成立すると思うが、生物の生殖の目的は、各個体の「私」の継続というよりも、各個体が属する「種」の存続にあると説明した方がよいかもしれない。

 ちなみに本川さんは、かなり変人というか、ユニークなおじさんだ。関心のある向きは下記のアドレスをのぞいてみてください。

http://1000ya.isis.ne.jp/1487.html