曰く言いがたし、「ナマ柄谷」体験

 柄谷行人の講演会に出かけた。80年代から90年代にかけ、柄谷の著作からは賛否も含めていろいろ刺激を受けた。せっかく同時代に生きているのだから、一度ぐらいご尊顔を拝しに行こうという次第だ。


 この講演会は、岩波書店創業百年記念の一環として企画されたもの。近年、柄谷の本は岩波からよく出ているが、それにしても、岩波百周年記念講演に柄谷というのも、なんだか違和感はある。良くも悪しくも、かつてのような岩波系エスタブリッシュメント知識人がいなくなった証かもしれない。


 1000人収容の会場はほぼ満員。男性八割、それも五十代以上の男性が目立つ。手前勝手な印象からすると、柄谷ファンというより、岩波系中高年読者というあたりが主力か。拍手で現れた柄谷は、頭頂部はさすがに寂しくなっているが、70歳を超えているようには見えない。


 少し甲高い声で、「資本主義と国家の未来」と題した講演が始まった。未読だが、内容は、おそらく「世界共和国へ」(岩波新書)で展開されていた資本主義論の祖述といったところだろう。講義メモを早口で読み上げ、冗談もなく、聴衆の反応にも関心がなさそうだ。聞き手に何かを伝えようという「熱」が感じられず、学生時代に受けた大教室での退屈な講義を思い出した。お勉強好きの初老岩波ファンたちも、あちらこちらでコックリコックリ舟を漕いでいた。


 一度だけ聴衆が反応したのが、講演の最後だった。
 

「世界の現状は、米国の凋落でヘゲモニー国家不在となっており、次のヘゲモニーを握るために主要国が帝国主義的経済政策で競っている。日清戦争後の国際情勢の反復ともいえる。新たなヘゲモニー国家は、これまでのヘゲモニー国家を引き継ぐ要素が必要で、この点で中国は不適格。私はインドがヘゲモニーを握る可能性もあると思う。その段階で、世界戦争が起こる可能性もあります」
 

 「えっ、世界戦争!?」。ここで目が覚めた。

 「現実政治を知らなすぎると言って、私の言うことを笑うかもしれませんが、『来るべき戦争』がやってきた時に、私の言ったことを認めざるを得ないでしょう」

 予言めいた締めくくりの文句に、聴衆の一部から、かすかに笑い声が起きた。柄谷は表情も変えずに拍手に送られて壇上を去った。


 講師・柄谷に対しては失望したが、同時に、「いったい正体は?」と人間的興味をかき立てられた、なんとも不思議な「ナマ柄谷」体験だった。


 後半は、金子勝、國部功一郎、堤未果丸川哲史によるパネル討論。こちらは、事前準備不足と役者不足で「集団芸」としての面白みに欠け、失望した。ただ、場数を踏んでいる金子のひねくれぶりが「芸」として成立しており、時折、聴衆をわかせ、他の三人の素人さんとの芸力の違いを見せつけていた。