テリトリー執着は逆進化?

自然科学的知見は、ときに人間社会を見渡す視点を、広く、高くしてくれる。猿から進化した種族のかっかした頭を冷やすには効果があるかもしれないので、少し長くなるが引用してみる。

 著者は、ゴリラ研究の第一人者である山極寿一・京都大教授。

 
土地に境界線を引くのは、人間にとって新しい出来事である。人間に近縁なサルや類人猿は、集団になってからほとんどテリトリー(縄張り)を持たずに共存してきた。テリトリーは夜行性の原猿類が個体で持つ特徴である。フルーツや昆虫を主食とする体の小さな原猿類は、樹上で食物をめぐる競合を回避するために、分散して互いに空間的にすみ分ける道を選んだのだ。


 だが、次第に体が大きくなって昼の世界に進出した真猿類は、それまで鳥が支配していた樹幹部でフルーツや葉を食べるようになる。より広い範囲で食物を探す必要が生じて地上へ降り、集団を作って肉食獣の危険から身を守るようになった。

 しかし、季節によって得られる植物性の食物は分布が変わるので行動域は広くなり、テリトリーとして防衛できなくなった。そのため、彼らの行動域はその全域、あるいは一部が隣接群と重複し、特定の地域を占有して守る行動性向は発達しなかった。


 テナガザルは例外的にテリトリーをもつが、オスとメス一対のペアで、直接戦わなくてもいいようにテリトリーソングを歌う。つまり、テリトリーとは本来、個体か家族規模の小集団が競合を避け、分散して共存するためのルールだと考えることができる。


 霊長類の集団同士は互いに対立しあう関係にある。だが、彼らは集団のために戦うわけでも、自分たちの土地を守るために戦うわけでもない。食物や繁殖相手を獲得するために、なじみのある協力しやすい仲間と手を組むだけである。集団を移動すれば、元の仲間や土地に固執せず、すぐ新しい仲間と協力関係を結ぶ。


 テリトリーを持たず、出自にこだわらない性質は人類に受け継がれ、つい最近まで続けられたと思う。人類の進化史の99%以上は食料生産を伴わない狩猟採集生活であり、自然の食物を探しながら小集団で移動し、他の集団と土地を共有していたと考えられる。


 約1万年前に食料の生産が始まって土地に大きな価値が生まれ、定住生活が主流になった。土地の境界が集団の境界になったのである。土地を守る大きな組織が形成され、人間のアイデンティティーはさらに大きな集団へと移し換えられた。その最たるものが国家だろう。


121007付け、毎日新聞朝刊「時代の風」

 少しは解熱剤として役にたちましたか?それにしても、人類史における「農業の発見」の決定的影響力に比べたら、産業革命などはエピソードにしかすぎないということか。