ロンドンの逆転勝利

 今月27日にロンドン・オリンピックが始まる。ロンドン暮らし経験者として、備忘録もかねて、これを機に不定期で「英国シリーズ」をはじめてみたい。

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 7年前の2005年7月6日、シンガポールで開かれたIOCでロンドンが開催地に決まった。下馬評は、パリが断トツでトップ。ほかにもニューヨーク、モスクワ、マドリードと有力候補が並び、すでに二度の開催経験があるロンドンの当選は望み薄だった。
逆転勝利のカギは、当時の首相だったブレアがシンガポールのIOC総会に乗りこんでの説得工作だったとされている。

回想録でそのくだりを紹介してみる。

イギリスは招致競争では二番手にさえ入っておらず、個人的には勝てると思っていなかった。(シンガポールに行ったのも)最善を尽くさなかったと批判されないためのアリバイ工作として出席した方がよいといった犯罪ドラマのような理由からだった。

「ブレア回顧録」(トニー・ブレア日本経済新聞出版社
原著「A JOURNEY」(TONY BRAIR,HUTCHINSON)


 翌日からスコットランドで英国が議長国になって主要国首脳会議(G8)が開かれる予定だったが、ブレアはシンガポールに飛んだ。見通しは暗かったが、ブレアは2日間で、投票権を持つ115人中約40人のIOC関係者に一対一で会って説得した。


 彼らの反応は予想外のものだった。

 彼らはスポーツの話題には関心を示さなかった。彼らは私がスポーツに無知であることを承知していたうえに、有名な政治家に会えることに夢中だった。(イラク参戦に関する)私の欧州議会での演説が大きな話題になり、イラク参戦に反対の人もいたが、不人気な決断をした私に不思議な敬意をもっていた。

前掲書(一部、要訳)


 面会相手の資料の順番を間違い、やり投げの元世界チャンピオンだと思って話していた相手が実はフィギアスケートの有名選手で、「どのくらい高く飛ぶのか?」との質問に「90センチくらいです」との答えが返ってきてとまどったとのエピソードも披露されている。ブレアは説得工作を終えると、すぐにG8の準備のため、12時間かけてスコットランドへ向かった。


 結局、投票は1対1の決選投票で、ロンドン54票、フランス50票となり、ロンドンが勝利した。ロンドン五輪決定の報を、ブレアはG8の会場であるスコットランドグレンイーグルズで聞いた。

 その時、思い出したのは、12歳の時にフェティス・カレッジに入学する奨学金の選考テストに合格したときのことだ。うれしかったし、ほっとして、庭園を走り回った。そばにいた首相補佐官のジョナサン・パウエルの周りを踊り回り、それから彼に抱きついた。彼は抱きつくのにふさわしい相手ではなかったが、そこにいたから抱きついたのだ。


 感情的な行動を慎むブレアにしては、例外的な喜びぶりだ。現地にいた実感としても、この時の英国人の喜びは、サッカーの国際試合でフランスやドイツを破った時のようなものだった。(喜びとしては最大級という意味)


 ブレアは、2003年初めまでは政府の経費負担を考慮して、五輪誘致には消極的だった。しかし、ロンドン市が、住民税を上げ、さらに五輪用の宝くじ発行を決めるなど財政面での見通しが立ったことから、支持に踏み切った。

 ロンドン逆転勝利について、英国人政治学者は、「最終局面でのブレアの積極的関与は、最近のEU問題と関連がある。欧州をリードする英国というイメージを世界にアピールする政治を仏独主導から英国主導に変えたいブレアとしては、パリを破っての当選は欧州代表としてのシンボリックな勝利を意味する。さらに、ニューヨークにも勝ったことで、イラク戦争をきっかけに英国で強まっている米国への反感にも抑制効果がある」と指摘していた。

 「逆転への立役者」がどの程度、ブレア人気の復活につながったかには疑問もあるが、国家指導者の直接関与がオリンピック招致に効果的であるとの前例を残した。この影響からか、2007年の冬季オリンピック開催地を決めるIOC総会にはプーチン大統領が演説、09年の16年IOC総会では、オバマ大統領、ブラジルのルラ大統領、そして鳩山首相も演説を行っている。


 ただ、この時の逆転勝利については、プレゼンテーションでのセバスチャン・コーの演説も大きな要因だったとの見方も強い。オリンピックの1500メートル走で二大会連続金メダルをとったコーは、英国では国民的英雄だ。コーは、英国招致委員会の委員長として精力的に活動し、プレゼンテーションでは、「ロンドンは多民族の街である。主要施設を移民の多い地区に建設して、世界の融和を示し、未来に向う大会にしたい」とスピーチした。施設の充実に重点を置いた他の候補地とは一味違った演説は、IOC委員に強い印象を与えたとされている。

 その時のスピーチは、下記のBBCサイトでみることができます。関心のある方はのぞいてみてください。


 http://news.bbc.co.uk/player/sol/newsid_4650000/newsid_4657800/4657857.stm?bw=nb&mp=wm&news=1&nol_storyid=4657857&bbcws=1