犬塚勉、到達点としてのリアリズム


礒江毅に続くリアリズム考第二弾。


日本橋高島屋で犬塚勉展をみる。一昨年のNHKテレビ「日曜美術館」の犬塚特集をみて、ぜひ実物を見てみたいと思っていた。
ちなみに、この番組では亡き夫を語っていた犬塚夫人の姿も印象に強く残っている。感情を抑制した口調で凛として思い出を語っておられたが、深い愛情とそれゆえの大きな喪失感が伝わってきた。有名無名にかかわらず、テレビ番組にはまったく登場しないタイプの人物で、「人間も捨てたもんじゃないな」という気になった。

犬塚は、小中学校の美術教師をしながら絵を描き続け、谷川岳の渓谷を題材にした絵に取り組んでいる時、「もう一度、水を見てくる」と谷川岳に向い遭難した。享年三十八歳。
草むらや岩を克明に描いた作品は、自然賛美や現実模写の枠を悠々と超えている。礒江にも感じたが、ここにも「手法としての写実」が超現実を生む実例があった。


 さて、展覧会。驚きは画家としての前半部分にあった。三十代半ばまでは画風はシャガールやルオー風で、自己の内面表現が前面に出ている。しかし、84年の「ひぐらしの鳴く」で作風が激変する。この作品は、草々の一本、一本を細い筆で丁寧に描き込んだ草むらの精密描写で、リアリズムを徹底している。それ以降、写実に基づく自然の精密描写の基本線は揺るがなかった。リアリズムから出発して、その後、内面表現として独自の手法で個性を出そうとする画家は多いが、犬塚はその逆の道を歩んだ。

「到達点としてのリアリズム」。

 
会期中に、また行ってみよう。