森崎和江と谷川雁

「日本断層論」(森崎和江中島岳志、NHK出版新書)読了。


 「インドのナカジマ」が森崎の熱心な読者とは意外だった。中島は、丁寧に森崎作品を読み込んだうえでインタビューに臨んでおり、感心した。
内容的には、森崎の思索の紹介も貴重だが、やはり「森崎から見た谷川雁」が読みどころだった。

森崎 彼(谷川雁)はほんとうにもう日本の男でしたね(笑)。「私が浮気してる」と言って怒るのよ。もうしょっちゅうそうなるんだもの。それでだれにも会わせなくなったこともある。女性にも。


上野英信さんは、地下労働していた人たちの共同体をつくりたかった。その人たちのほうに近寄っていったのよ。でも雁さんは「サークル村」ができると、すぐ東京に運ぶのよ。知識人に知らせたいわけ。


 このあたりを中島は、同じコミューン的運動でも、谷川雁は狭義の政治寄り、演繹的で観念先行、一方、森崎は社会運動寄り、帰納的で現実先行、と区分する。ちょっと二分的すぎる。

 それにしても、谷川、森崎は当時、それぞれ家庭があった。その共同生活は、それぞれの家庭を巻き込んだ泥仕合にならなかったのか。下衆の関心だが。

中島 雁さんの文章はとても魅力的で、僕も若い時に随分感化されました。谷川雁の言葉はこれからもずっと読まれ続けるでしょう。しかし、具体的な場では、彼が紡ぐ言葉と行動の間には遊離した部分があったということでしょうか。


森崎 私が理解できないのは、書かれていることと日常性との隔たりがどうしてそうなってるの?ということだけよ。
 1961年5月、「無名通信」を手伝ってくれていた大正炭坑の娘さんが自宅で犯されて首を絞めて殺された。雁さんに「すぐみんなを集めて、この話をしましょう」って言ったら、「ちょっと待ってくれ。いまは坑内で座り込みをしている者もいる。運動が厳しい局面だし、女性はそうなった場合は自ら舌を噛んで死ぬべきだ」って言うのよ。

 うーん、反スターリン主義の旗手が運動最優先のスターリン主義に、ということか。


 ただ森崎は、谷川を糾弾しているわけではない。文章から察するに、ほんわかと懐かしがっている印象もある。


中島 雁さんの文章って、何か疼きっていうんですかね。自分の体内にある論理化できないものをうまく引き出してくれる。そういうものですよね。


森崎 はい、そうなんです。私も書かれた言葉はほんとうにもう魅力的だと思いまして、そしていっしょに仕事できたことはほんとに幸せだったんですね。


 そういえば、森崎和江石牟礼道子などを熱心に取り上げていたRKB毎日放送の名物ディレクター、木村栄文も今年三月、亡くなった。「苦海浄土」、「まっくら」…いや、すごかった。痴呆を通り過ぎた現在のテレビの現状をみると、エイブンのドキュメンタリー番組は、日本のテレビ史の前衛であり、頂点だった。

木村氏の葬儀については、http://www.taji-so.com/kaeteha/?c=20110426230703


そういえば、先日、福岡県筑豊の炭坑画家、山本作兵衛(1892〜1984年)の原画がユネスコの「世界記憶遺産」(MOW)に登録されたニュースが報じられた。

「炭坑文化」は、まだこれから採掘されるべき豊かな鉱脈である。