ノーベル化学賞と「生命の誕生」

ノーベル化学賞に日本人二人の受賞が決まった。無名の人がポジティブなニュースで突然、新聞の一面トップに登場するのは、日本ではノーベル賞のサイエンス部門受賞ぐらいだろう。

 さて、お二人の功績は炭素結合に関する研究だという。炭素結合といえば、生命誕生を連想する。

 これまでにも紹介したことがあるが、「生命40億年全史」(リチャード・ファーティ、渡辺政隆訳、草思社)の一節を紹介したい。ここに記された「生命の一回性」の奇跡は、何度、読んでもゾクゾクする。

地球が誕生して間もないころには、現在とは比べものにならないくらい多数の、しかももっと大きな隕石が、もっと頻繁に落下した。当時、隕石は、破壊ではなく、創造の一端を担っていた。この隕石の一種に炭素質コンドライトという炭素を特に多く含むものがあった。隕石は、若い惑星に元素を土産に持ってきたのだ。


炭素化合物は互いに結合して長い鎖状につながる性質があり、このように自律的に進行する化学反応によって、ついには自己複製の可能な最初の分子ができあがったのだろう。

ここから、「生命誕生の一回性」に進んでいく。

(生命誕生のスタートとなった)炭素化合物の分子同士の結合が一度なりとも起りえたとしたら、それが二度、三度、あるいは何度も起こった可能性はないのだろうか。もしそうだったら、この生物もあの生物も無関係に発生したということになるだろう。

しかし、細菌からゾウまで、すべての生物は、分子レベルでは同じ特徴を共有している。たんぱく質合成をつかさどるリボソームRNAの個々の遺伝子はすべての生物に共通だが、その構造は複雑で、それぞれ独立に発生して偶然によってここまで似ることなど、およそありそうにない。


 そして、美しくも、衝撃的な結論を、渡辺氏の名訳をこう記している。

無生物を生物に転ずる生命の火は一度、たった一度だけ火花を散らした。生あるものはすべて、その瞬間に恩恵を受けている。


 40億年前に原始地球の海底火山近くで起きた、たった一回の炭素結合が、深山の木々、電車に乗っているサラリーマン、台所のゴキブリたちの「共通の祖先」なのだ。