難事業、フレンチレストラン

 本日は「食オンチ」の風船子には珍しく、料理のお話です。知らない世界を知った驚きがあったので紹介します。

 フレンチの欠点は、暗黙のうちに「差別こそテクニック」にしてしまったことだと思う。グルメなお金持ちの客ほど手厚くサービスし、そうではなさそうな客には冷淡なサービスをする。

 フレンチにおけるコースメニューの値段設定にも、実は差別のテクニックが隠れている。

 どこの店でもよくみる三種類のディナーコース。安いコースは思いきって低く、注文したらみじめな気持になるような値段にする。高いコースは、わざと手が届きづらい値段をつける。店が取らせたいのは、真ん中のコースである。たとえば、3800円、7500円、1万2000円。この中で3800円のコースを頼むのには、なかなかの勇気がいると思う。

 狙いをつけた価格帯に注文が集まるような値付けをする。そこに追い込むのだ。

 「フレンチのサムライ」(市川和志、朝日新聞出版PR誌「一冊の本」所収)

 筆者は、フレンチレストランのオーナーシェフ。上記の戦略に反発して、店には1種類のコースしか置いてないという。それはそれで見識だが、客を追い込む戦略も、商売の知恵としては非難されることではないと思うが。

 フレンチの経営が厳しい状況の説明も、実践者だけに説得力がある。

 フレンチの値段が高いのは、材料にかかる費用が非常に高いことが原因のひとつ。

旬の鮮魚を手に入れたとする。和食ならきれいな器につまと一緒に二切れも盛れば立派な一品になるが、フレンチでは切り身を丸ごと一枚使わないと形にならない。また、和食ならこだわりの醤油でも買って添えれば喜んでもらえるところを、(フレンチは)ソースを一から作らなくてはならない。

そのソース作りが、また大仕事だ。

 ソースのベースになるのが、フォン・ド・ヴォーという基本の出し汁である。子牛の骨と肉、ミルポアと呼ばれる香味野菜を大量に使って煮込み、四、五日かけて最初の十分の一位の量になるまで凝縮する。
 これをもとに、仔羊肉のソースには仔羊の骨とあらたに野菜を加えて煮込み、赤ワインソースなら一人前にボトル一本もの赤ワインを煮詰めて混ぜるなどの工程を経て、やっとソースが完成する。
 使う鍋も半端ではない数だ。一事が万事こんな具合で、フレンチには膨大な手間がかかる。

 味の変化も求められる。

日本の伝統料理はみな、味を変えないことがよいとされる。老舗の名店は「先代と同じ味」を守り、食べる人もそれを喜ぶ。

一方、もしフランスの三ツ星レストランが先代シェフと同じ料理しか出さなかったら、すぐに星を落とされてしまうだろう。
 変えたら怒られる和食は逆に、(フレンチは)前回と同じものを出したら怒られてしまう。常連客ならなおさらで、顧客カルテには出した料理をそのつど記入し、次に重ならないようにしなければならない。

 さらに、子供から老人まで慣れ親しまれている和食と中華に比べ、フレンチは圧倒的に客のパイが少ない。最初に体験するのが20歳前後、60歳すぎると健康などを理由に離れていく人がほとんどである。その狭い年齢層から客を新規開拓するのには、とんでもなく手間がかかる。

いやあ、たいへんな仕事だ。「よほど好きな人間にしかできない仕事」というのが筆者の結論だった。