左翼的知性の復権

 毎回、「おかしくて、やがて、悲しき」となる「SIGHT」所収の内田樹高橋源一郎の漫談(司会は渋谷陽一)です。今回のタイトルは、「鳩山さんが首相で、本当によかった」。

(高橋)政権交代って面白いから、代えてみよう、みたいな。で、ついに政権交代してみたら…変わんないじゃない。
 この失望はものすごく深い。国民は自民党と離婚して民主党と結婚したわけじゃない?つまりさ、そのときはまだ、結婚って制度を信じてたわけ。だから、この次に来るのは「そもそも結婚っていう制度自体が信じられない」ってことじゃないか。

(内田)前は個人に対する属人的な反感だったのが、この議会制民主主義という制度そのものに対する不信感に…

(高橋)今まで、政権があって、政党があって、首相がいて、そのコントロールの下に政治をやるっていう建前があった。でも、その向こうにアメリカがあって、官僚制度があって、マスコミがいて、そのへんがなんかやってるんだな、っていう舞台裏が、鳩山さんがいろいろ混乱した結果、見えた。それは、鳩山さんの手柄だと思うんです。


 まだ制度自体への不信というところまでは来ていないのではないか。むしろ、国民は、選挙に対して持っていた「無力感」から脱し、選挙で政治が変えられる事態に戸惑いを感じているように思える。

(高橋)みんなの党って、専門店なんだよね。民主党とかって、政策が80個とか100個とかあるじゃない?みんなの党ってある意味、特化しててさ。「官僚問題はこうしろ」っていうプロがいる。それだけ、みたいな。

(内田)単独イシュー提案型だね。

(高橋)百貨店じゃなく、ユニクロなんだよ(笑)。


 今回の参院選で、小沢が選んだ芸能人候補について。

 (内田)三原じゅん子とかさ、庄野真代とかさ。
 (高橋)谷亮子とかね。
 (内田)何考えてんだろうと思うよ。
 (高橋)小沢の選挙って東北なんだよ。「東北、歌手が行ったら喜ぶよね」っていう、彼の世界観の下に選ばれている候補者。だから、日本全土対応じゃないんだよね。
 (内田)あの候補者の人選っていうのは、絶望以外の何ものでもないよね。小沢一郎って、自民党政治を壊すんじゃなくて、何かもっと大きなものをー
 (高橋)壊そうとしている(笑)。
 (内田)とにかく、高学歴、英語がしゃべれる、みたいな人は、絶対に民主党に入れないみたいだしさ。
 (渋谷)俺は単に、小沢一郎が過去の成功原則に執着しているだけな感じがするけどね。その感覚が、完全に時代からずれちゃってるっていう。
 (高橋)小沢一郎の無意識を考えると「自民党は壊した。次は民主党だ!」ってなってるよ、絶対。
 (渋谷)小沢は日本を憎んでるんだと思う。
 (内田)日本のエスタブリッシュメントを憎んでるよね。
 (渋谷)とうか、日本人そのものを憎んでいる感じがする。
 (高橋)すごい根本的な憎しみだよ。(ただ)彼の中では、東北の農民だけは、そこから免責されているんだよ。


 小沢一郎論というのは、論者の立ち位置を問う。それに比べれば、田中角栄論は、ある意味、わかりやすかった。しかし、「小沢一郎は、私であり、私ではない」というのが現状になっている。


 (内田)現代日本の最大の問題は、左翼の愚鈍化だね。左翼ってさ、力はないんだけど頭がいい、っていうのが唯一の取り柄だったのにさあ。日本の今の左翼は、頭が悪いんだもの。
話がわからなくて、空気が読めなくて、場違いな正論を吐いている人間が日本の左翼なんだよ。福島さんって実際は頭のいい人なんだけれどもさ、メディアに出てくるときは、物分かりの悪い人間を演じるしか選択肢がない。
(渋谷)ひどいこと言ってんなあ。
(内田)左翼はバカで、右翼の方が頭がいいっていうのが、20代ぐらいの人たちの、偽らざる実感だと思うんだよね。まずいよ、それは!
(渋谷)いわゆるネット住民レベルだと、左翼っていうのはもう蔑称だよね。
(内田)僕、今度本出すんだけどさ、『若者よ、マルクスを読もう』っていうの(笑)
 とにかく左翼はバカじゃないっていうことを証明しないとさ。左翼は知的じゃないと社会的機能を果たせないんだよ。マルクスの思想というのは、確かに教条的ではあるし、現実に適用できないところもあるんだけどさ、ああいうふうにガツンと首尾一貫した世界観っていうのが、左の端っこのほうにね、重石としてあると、いいのよ!すごく眺望が広々としてくるでしょう。僕が考えているのはそれなの。左翼的知性の復権。左翼がここまで知的威信を失ったことって、20世紀以降なかったんじゃない?
(高橋)左翼って、この資本主義社会の中では、対抗原理を持ってるわけだね。
(内田)マルクスって自由だと思うのね。ラディカルにものを考えるってことが、マルクス主義なんだからさ。
(高橋)その目の前にある現実のシステムに対抗するシステムを、本質から考えるっていう意味。もしかすると、マルクス主義って共産主義じゃないかもしれない、っていうことなんでよ。
(内田)ほんとうにそうだね。それが真の左翼性ってことですよ。

  
 「左翼=現実のシステムに対抗する原理を持つ政治、社会運動」ということか。語の本来の意味ではそうかもしれない。それだと、地球上に何人左翼がいるのか。うーむ。
 共同体信仰者を右翼とすると、共産主義コミュニズム)も、一種の共同体(コミューン)主義者であり、区別が難しくなる。共同体を、民族、国家に限定すれば、「右翼」概念が成立するのだろうが、これも無理があるんじゃないの。