暗喩の魔力

美しい氷を刻み
八月のある夕べがえらばれる
由緒ある樅の木と蛇の家系を断つべく
微笑する母娘
母親の典雅な肌と寝間着の幕間で
一人の老いた男を絞めころす
かみ合う黄色い歯の馬の放尿の終り
母娘の心をひき裂く稲妻の下で
むらがるぼうふらの水府より
よみがえる老いた男
うしろむきの夫
大食の父親
初潮の娘はすさまじい狼の足を見せ
庭のくろいひまわりの実の粒のなかに
肉体の処女の痛みを注ぐ…



    「聖家族」吉岡実詩集(現代詩文庫、思潮社

半月のよる 河をくだる蟹さながら
おれの肋らをしたたかねじきった医者は
暗いすみれのようなものが住む峡(はざま)へ
娘っ子の血をそそぎこんだ

党だの祖国だの
青い痰よりもふるいうらみを縫いつめた
しゃっくりさえ香(かん)ばしかった頃
麻薬の夜明け 小便くさいはこべの街で
おれがどんなにやさしい穢多(えた)だったか
駄馬の首に似た観念とだきあいながら
しずかな肉桂水をふりまいて
兄弟たちのしらみを殺そうとしたか…



     「成形」谷川雁詩集


 暗喩の魔力