東アジア自己中心国家連合

本日は、「東アジアの思想風景」(古田博司岩波書店)からの引用。古田は、東アジアとは、「中華思想を分有する自己中心的国家群」と指摘する。

 十八世紀頃からは鮮やかな浮世絵が広まり、貨幣経済は未曽有の安定を見せた。そのような泰平の世が、「皇国」という自負を日本人に抱かしめたそうである。中国よりも良く治まっている。日本以上の楽土なく、上国なし。寛政あたりから、日本を「皇国」「皇朝」と自称することが流行り出すと、他方では中国を「支那」と呼ぶ傾向が蘭学者・洋学者から一般化して行ったという。
 …すなわち江戸の後期で起こってきたことも、東アジア諸国の「中華思想の分有」の一つに他ならないというのが筆者の感懐である。十五世紀からのベトナムの「南国意識」、十七世紀からの朝鮮の「小中華思想」、そして十八世紀からの日本の「皇国意識」と連なる。自分が文化の中心、まわりの諸族は夷狄・禽獣。そして、各々が自己満足の「精神の鎖国」に入った。

 「中華」とは、漢族となった者の頭の中に巣くう巨大な幻想である。管見では、「中華」の語は、異民族の金に押されていた南宋代に登場する。そして頻出するようになるのは、近代も日清戦争に敗れてからで、章炳麟以後のことである。中華民国を肇めたばかりの孫文が、1920年前後に「中華民族」という語彙を初めて発語した。しかるに、「中華民族」はどこにもいない。いるのは漢族と少数民族だけである。

東アジアとは、世界でもまれな、自己中心的な国家が犇(ひし)めく地域ではないかと思うことがある。…日本は倭族、中国は漢族、韓国・北朝鮮は韓族、ベトナムは京(きん)族が、おのおの独占している。このような国家群はよそにない。
 そしてこれらの地域に住む人々の思想的特徴は、一国家を独占する一民族が自己の中華を主張し、まわりの少数民族や諸国家を蔑むことに典型的にあらわれる。その結果として、自国の歴史観を「正しい歴史の認識」として他者に躊躇なく押しつけるのである。
 …要するに東アジアとは、みなが我を張り、他者を知ろうとしない、悲しいモザイクの国家群からできているのである。


 日本の反中派と中国の反日派、日本の嫌韓派と韓国の嫌日派からは、それぞれ似た印象を受ける。この背景は、上記で説明できる。つまり他者知らずの「ひとりよがり」との共通項を持つ、同一種族というわけである。