最強サラリーマン国家・中国

◆中国は最強サラリーマン組織

 「北京は今」の番外編です。少し古いですが、中国の政治力の強さを「会社の人事における抜擢」から説明した記事があった。これは「日本の弱さ」を考える好例でもあるので、紹介します。

 (中国は)一党独裁の強権政治と見られているが、その内実はどうであろうか。“この国はサラリーマン組織である”と副題に掲げる本書を読むと、意外な政治と行政の仕組みにやや驚かされる。

 胡錦濤主席は、地方の茶葉専門店の息子で、精華大学水利工程系を卒業し、最貧の地の甘粛省に配属されて、五年間ダム建設に従事した。省建設委員会主任の秘書になったのが転機になり、中央党校で教育を受けて共産党青年団で出世していく。辺地チベット自治区の書記つまりトップになり、行政能力が認められ中央に呼ばれて着実に国のトップへの道を進んだ。

 つまり、現場でこつこつと仕事をして実績を上げて昇進したのであり、サラリーマンと同じだというのである。

 温家宝総理の出世も、胡主席によく似ている。教師の息子で、北京地質学院の研究生を経て、甘粛省で十数年、地質探査技師をして、中央に出て地質鉱産部副部長(副大臣)になって、トップの道を歩み始めた。

 この二人は、自民党世襲議員とはまるっきり異なっている。また日本の官僚出身議員は、中央官庁で大きな権限を基に華やかな業績をあげた人が多く、やはり違っている。中国では、江沢民、朱ヨウ基も理工系であり、現場で働いた経験を持っているのが、日本との大きな相違だ。

 中国は政治家の多くが経験豊富な専門家であり、部下の官僚への依存はありえない。科技部の新しい大臣は、ドイツに学んでアウディに勤めて、ドイツ自動車業界の精鋭10人の1人に選ばれた技術者である。


 ここからの分析が示唆に富む。

このように現場経験を持つ人たちが政治を担うことになるのは、中国には選挙がないからである。自分の仕事に専念してきた各分野の人たちの中から優秀で有能な人材が選ばれて、地方政治に入り、抜擢されて中央に進む。選挙運動、地元への対策に時間を割くことがまったく必要ではない。

本書は良い面ばかりを取り上げているという印象はあり、悪い面はひどい汚職の他は触れていない。だが、しばしば指摘される「太子党」(大物政治家の子弟)の格別の優遇は、国有企業などではあるらしいが、政治の世界では日本と違って中枢には入れない。

一党独裁の強権政治は、良いはずがなく、民主政治が良いに決まっている。しかし、良いと強いは別である。本書で中国の政治の仕組みを知ると、(中国が)経済発展に強い力を発揮する政治的な条件を備えていると、考えざるを得ない。


森谷正規「株式会社中華人民共和国」(徐静波著、PHP研究所)の書評、「毎日新聞」09年8月30日付け朝刊、書評欄に掲載


 本来ならば、自由な民主的社会では、家柄や資産ではなく、公平な競争で優劣が決まるので、各分野で優秀な人材が育つはずである。それが、一党独裁の中国では広い分野から有為の人材が選抜され、「自由民主」の日本では一握りの政治家の家系による世襲が蔓延している。

 一種の開発独裁の変化形だが、なんか、妙なことになったものである。ただ、中国の経済成長は、「前よりは生活が良くなった」との庶民の実感に支えられており、これが危うくなれば政治も不安定化することは必至で、一部でその兆候は出ている。

 その時、非民主的な制度で抜擢された共産党幹部という名の「エリート・サラリーマン」たちが、どう対処するのか。政治組織論としても注目したい。