北京は今(1)

 先月、4日間の北京フリープラン・ツアーに参加した。昨年夏のモンゴル、今年の正月の上海と続いた私的な「極東ツアーシリーズ」の今回は第三弾。

 北京は20年前の冬、飛行機の乗り換えのため北京空港で数時間待つことになり、その時間を利用して天安門周辺を車で少しだけ回ったことがあるだけ。その時の記憶で強く残っているのは、空港から北京市街地にまっすぐ延びた街路樹のある道路と天安門広場前の大通りを埋め尽くしていた自転車の波だ。

 そして20年。この間に起きた中国の変化は、世界のどんな地域よりも広く深いかもしれない。北京の記憶の柱だった空港から市内への街路樹の道は高速道路になり、天安門広場前の通りもバスと車で埋まり、自転車は道の端に設けられた専用レーンに追いやられていた。

 たった4日間、しかも格安観光ツアーでしたが、それなりに発見もあり、考えるところもあった。10月1日は、新中国建国60周年の記念日なので、日本でも新中国を概観する記事が増えると思う。一観光客によるささやかな「北京の今」を伝える報告です。



◆インテリガイド氏
 中国語がしゃべれない当方にとって、中国人ガイドの存在は、直接取材の対象としては貴重な存在だ。
今回は、空港からホテルまでのバスの送迎担当の王さん(仮名)と、オプショナルツアーで万里の長城まで案内してくれた趙さん(仮名)の二人にお世話になった。二人とも、日本語が達者。中国人ガイドというと、ガイドブックに載っている内容をオウム返しする融通の利かないタイプを想像していたが、なかなかどうして、二人とも皮肉屋のインテリ青年だった。
今回はAさんの発言録を中心に紹介したい。

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 北京空港ターミナルビルからツアーメンバーと一緒にバスにのりこんだ。市街地へ向かう道は、巨大な高速道路だ。
出発してすぐに、王さんは名前だけの自己紹介のあと、窓の外に視線を向け「ターミナルビルは、昨年完成したばかりで、サッカー場が170も入ります。世界一大きなターミナルビルです」と説明を始めた。「やはり最初からお国自慢か」としらけかけたが、「ただ世界一は大きさだけ。中身やサービスはまだまだだめですね」と苦笑した。こいつ、やるなあ。少し眠気がさめてきた。

「中国といえば自転車だと日本人は思っているけど、少なくとも北京ではそれは昔のことです」。日本人の先入観を崩しながらの説明も手慣れている。

「北京は15年前までは車と自転車の比率は半分ずつだったが、今や自転車の比率は五分の一以下。中国全土でも車は1日1000台の割合で増えています。この2年間で100万台増えたとの調査もあります」

 外を見ると、フォルクスワーゲンアウディが極端に多い。進出した時期が早いせいで普及率が高いとのこと。先んずれば人を制す。

 王さんは、車から人間社会に話題を移した。

「中国は広い国だと思われていますが、使えるのは東の部分だけです。しかも昔は中国の中心は河南省などの農業地域でしたが、今や中心は沿岸に移っている。農村は仕事がなくなっているが、都市戸籍がないと都市に移住しても社会保険もなにもない。中国には農村籍を持つ人間が8億います。8億ですよ。大都市に農民が流れ込んでいるけれど、社会保障も何もない。北京の人口は1300万人といわれていますが、これに届けをしていない500万人の農村出身者が住んでいます。かわいそうです」

 説明にだんだん力が入ってきた。

「ただ、今は社会保障がなくても、カネがあれば何でもできます。法律だってカネで買えるんですよ、共産党の中国では。一人っ子政策もね、違反して二人目を作っても罰金を払えばそれでおしまい。さすがに二人目を殺せとは言われません。つまり、二人目は『罰金』という名前がついたカネで買っているわけですよ」。

なるほど。

 バスが市街地に入ってきた。相変わらず霧がかかっているが、ぼんやりした大気をなかに巨大なビルが文字通り林立している。そのなかで、二つの高層ビルを「¬」型の空中廊下で連結した斬新なビルがあった。その横には黒くすすけた高層ビルが建っている。あれは、何のビルですか、と聞いてみた。

 「あーあれは、CCTV(中国国営テレビの中国中央電視台)のビルですよ。黒くなっているのは火事で焼けたんです。解体工事中、作業員のたばこの火が原因だと言われています。テレビではいつも偉そうに『火の元にはいつも注意せよ』と説教しているくせに。隣の新しいビルは来年完成します。こっちから見ると、便器に座っているお尻のように見えるでしょう。変な形ですよ」

 なにやら王さんの説明が、ムクムクと憎悪の調子を帯びてきた。

「だいたいCCTVはうそばっかり。30分のニュース番組があると、最初の10分は、共産党や政府はこんなにがんばっているとのお知らせ。次の10分は中国人民がどれだけ幸せに暮らしているかの紹介。そして、最後の10分は世界の人民が悪い政治の下でいかに不幸であるかを強調しておしまい。まったく、ばかばかしい」

 王さんの悲憤慷慨に共鳴しつつ、初対面の外国人、しかもかつての侵略国の国民を前に、これだけ堂々と自国批判を展開するとは…。やはり、中国は大変化の途上にある。
                           (続く)