正日から正恩へー命名法考

 金正日死去で北朝鮮情勢が不透明度を増している。今回は、金王朝命名法について考えてみたい。引用文献は「人名の世界地図」(21世紀研究会編、文春新書)。正確な引用ではなく、要旨です。

 
朝鮮半島の人名には血族の流れを示す「行列字」の習慣がある。これは、同じ一族で同じ世代の人間には、名前の文字の一字に同じ文字が使われる制度だ。例えば、全斗煥・元大統領の弟は全敬煥で「煥」が行列字にあたる。
 行列字は、何年かに一度、一族の識者が集まり、陰陽五行の「木火土金水」の五元素に基づき決める。例えば、木=東、火=煕、土=在、金=鉉、水=泰と決められた家では、(祖父)東吉、(父)仁火=煕、(子)=在寿、(孫)成鉉(曾孫)泰元のように、名前の上下に交互に行列字をつけて名づけられる。


 ここで大事な一般原則がある。

 行列字もふくめ、朝鮮半島の名前には、それまで祖先が使った文字は避けられ、日本や欧米のように祖父や父の世代の名前の字をつけることもない。


 さて、今、注目の「北の金ちゃんファミリー」はどうかというと。

 金日成の本名は金成柱、二人の弟は哲柱、英柱で、この世代の行列字は「柱」だった。しかし、抗日パルチザンとして英雄視されるようになってから金日成を名乗り始める。


 息子の金正日は、金日成の「日」と母親の金正淑の「正」をとって正日と名付けられたといわれている。


 この時点で、「金正日」は、朝鮮の伝統的な命名法から逸脱している。ただ、まったく完全な逸脱ではない。

 金正日の異母弟の名は、平一、英一、成一、清一、妹は敬一といわれている。これから、この世代の行列字は「一」であることがわかる。正日も最初は「正一」と表記されていた。朝鮮語では、「日」も「一」も同じ「イル」と読む。
「一」が「日」になった背景には、金王朝の後継者であることを誇示するため、朝鮮の儒教式伝統である命名法を無視して、父親の「正」を継承したといえる。


 そして、息子の金正恩。やはり、祖父、父の「正」を継いでいる。ただ、兄弟の名前は「正男」(長男)、「正哲」(二男)で、「正」を行列字として使っている。


 結論としては、「父祖の文字を使わない」との一般原則は、一般国民とは違う「金日成の偉大な血脈」を誇示するため無視するが、「行列字」という伝統は守っていることになる。

 北朝鮮体制は、儒教を土台とする朝鮮半島の歴史文化、日本統治時代の統制システム、中国式社会主義などで作られた「奇怪な混血児」だ。最高指導者の命名法にも、その一端がみえる。