「みずず」読書アンケート11年版(2)

 「みすず」読書アンケートの続きです。ガッコの先生を中心としたアンケートも「みすず」らしく悪くはない。貴重な情報源でもある。しかし、もう一歩、前に踏み出せないものだろうか、とも思う。学校関係者ばかりに「読書の世界」を限定している気がする。
 これは「もっとわかりやすい大衆的な本を対象にせよ」ということではない。むしろ逆。ガッコーと無縁な場所、俗のまっただなかで、「硬質な思考」が、苦戦を強いられながらも、おっとどっこい、生き抜いている。そんな現場にもっと接近してほしいということ。

 私が何に苛立っているのか、伝わるだろうか。


「賜物」(ナボコフ河出書房新社
〜このところの翻訳文学の充実ぶりには、なにか空恐ろしいものすら感じてしまう。なかでも池澤夏樹編集による河出の世界文学全集はどれを読んでも面白い。代表的な一巻として沼野氏訳のナボコフを挙げたい。(野崎歓


「オリーヴ・キタリッジの生活」(エリザベス・ストラウト、早川書房
〜未知の作家だったけれど、一読、忘れがたい思いを残した。短編連作で不機嫌な老年が描かれていく。とてもひとごとではない切実な感慨。(野崎歓


小島信夫批評集成」(水声社
〜たぶらかされるにもほどがある、分かっていながら別れられない、なのになかなか会えない「小島信夫」。なかでも「私の作家遍歴」。これをかつて初めて読んだ時の驚きといったら…それを今また再読できる幸せといったら…ところが困ったことに、そこに書かれていることを周囲に伝えようにも、要約して伝えることなど不可能かつ無意味なんです。とにかく読んでみてとしか言いようがない。(姜信子)
〜「要約不可能、読む瞬間の快楽」。小島信夫については、保阪和志が同じことを力説していた。(風船子)


海炭市叙景」(佐藤泰志小学館文庫)
〜ひさしぶりにすぐれた現代日本文学に出会うことができた。こんなにすぐれた作家がいることを長い間知らないでいた自分を恥じると同時に、今では「いた」としか言えないことを残念に思う。(富永茂樹)


「ジェローム展図録」
オルセー美術館など目下世界巡回中のジャン=レオン・ジェローム展の図録。「オリエントの表象」を流布させた首謀者の一人―これがジェロームの一般的評価かもしれない。しかし、今回の大回顧展は、サイード的問題意識によって相対化されたジェロームをひとまず「オリエンタリズム」の軛から解放し、画業の全貌を客観的に浮かび上がらせた。
 マネやモネ、ゴーギャンセザンヌといった「前衛」の画家たちが近代美術を形成したとする発展史観は、かれらの「反対勢力」たるアカデミズムの画家を奥深い歴史の闇に閉ざしてきた。かかる「黙殺の犠牲者」のひとりがジェロームかもしれない。(村田宏)
〜このジェローム展は、昨秋、パリで観た。たしかに「西洋の東洋に対する暗い欲望」を感じたが、それは、蔑視の視線とは違った「何か」だった。(風船子)


「聖書の読み方」(大貫隆岩波新書
〜聖書入門的な本をずいぶん読んできたが、本書に出会いはじめて満足した。(小林茢郎)


「イギリス近代史講義」(川北稔、講談社現代新書
〜最近の講談社現代新書は迷走気味だが、今年読んだ全部の新書の中でもこれは文句なくベスト1である。(石原千秋


ルジャンドルとの対話」(ピエール・ルジャンドルみすず書房
〜ラジオでの対話は、実務家でありながら真新しい発想を打ち出す稀有な知識人ルジャンドルの横顔を浮き彫りにしている。(阿部日奈子)


ユダヤ教の歴史」(市川裕、山川出版社
〜コンパクトな本の紙幅の中で三千年にもわたるユダヤ教史をバランスよく記述するのは、信じがたい離れ業である。本物の学者はやはり世の中のために必要なのだ、とつくづく思った。(沼野充義